大判例

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東京高等裁判所 昭和63年(う)5号 判決 1988年12月26日

本籍

群馬県利根郡白沢村大字尾合三九六番地

住居

同県同郡同村大字上古語父二四七番地

会社役員

宮田敏夫

大正一二年八月一一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六二年一一月二四日前橋地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官平田定男出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月及び罰金四五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人戸所仁治名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用するが、所論は、要するに、原判決の量刑が懲役刑の執行を猶予しなかった点で重過ぎて不当であるというのである。

そこで、原審記録を調査して検討すると、本件は、こんにゃく粉の製造販売業等を営んでいた被告人が、売上げを除外するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和五七年分から同五九年分までの間における実際所得金額の合計が二億八七七一万七七六二円もあったのに、その所得金額の合計が二七五三万四八一円しかない旨を記載した内容虚偽の各確定申告書を提出し、正規の所得税額との差額である一億六七四九万二一〇〇円の所得税を免れたという事案であって、そのほ脱額が巨額である上、三年間を通じてのほ脱率も九七・四三パーセントと高率であること、被告人は、こんにゃく相場の変動が激しいので、それに備えて予め資産を蓄積して置こうと考え、本件犯行に及んだというのであるが、そのような動機には何ら考慮の余地がないこと、しかも昭和五七年分及び同五八年分については、すでに他に譲渡したゴムボート製造業の事業所得に欠損が生じていたので、その欠損に便乗して申告するなど、その犯情がかなり悪質である上、犯行態様も計画的であって、相当長期間反復継続して行ったものであること、更に本件犯行により得た金員を仮名で預金したり、債券の購入資金に充てる一方、その発覚を防止すべく、その証券証書等を第三者に委託して保管していたこと、税務調査を受けた後の修正申告に際しても、なお一部の所得しか申告しないばかりか、証拠隠滅工作もしているほか、被告人は、白沢村青色申告会の会長をしておりながら、その立場もわきまえず本件犯行に及んでいるのであって、これらのことからすると税法に対する規範意識を著しく欠いているものといわざるを得ないこと、以上の諸点に徴すると、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

してみれば、被告人は、本件について深く反省し、すでに修正申告をしてその税額を全部完納していること、本件後、こんにゃく粉の製造販売業は法人成りした有限会社ミヤタが営むようになったので、被告人は、その代表取締役を辞任して同会社の経営を長男に譲ったこと、本件が新聞等で大きく報道されたため名誉を失墜するなど社会的制裁を受けていること、公職選挙法違反による古い処罰歴が一回ある以外に前科前歴はないこと、高齢で健康も勝れないこと、同種同程度事犯との刑の権衡、その他所論指摘の被告人に有利な諸般の情状を十分斟酌しても、被告人を懲役一年及び罰金四五〇〇万円に処した原判決の量刑は、必ずしも重過ぎて不当であると断ずることできない。論旨は理由がない。

しかしながら、当審における事実取調べの結果によると、被告人は、原判決後贖罪寄附をするなど、更に深く反省していることが看取されるので、これに原審当時から存した被告人に有利な諸般の情状を加えて再考してみると、現時点では、懲役刑の執行を猶予しなかった点で原判決の量刑をそのまま維持することは正義に反するものというべきである。

よって、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により被告事件について更に次のとおり判決する。

原判決の認定した被告人の各所為は、いずれも所得税法二三八条一項に該当するので、所定刑中懲役刑及び罰金刑を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い原判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により原判示各罪所定の罰金額(情状により所得税法二三八条二項を併せて適用する。)を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年六月及び罰金四五〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、なお、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から四年間右懲役刑の執行を猶予することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 朝岡智幸 裁判官 新田誠志 裁判長裁判官簑原茂廣は転補のため署名押印することができない。裁判官 朝岡智幸)

○控訴趣意書

被告人 宮田敏夫

右被告人に対する所得税法違反被告事件の控訴趣意は左記のとおりである。

昭和六三年二月八日

右弁護人 戸所仁治

東京高等裁判所第一刑事部 御中

(量刑不当)

一、被告人に対する本件の処断については、懲役刑の執行を猶予するのが相当であり懲役一年の実刑を科した原判決は重きに失し、破棄を免れない。

二、被告人が本件犯行を犯すに至った事情

本件犯行を犯すに至った事情には、被告人の生い立ち、蒟蒻業界の特質、現在の税制等多くの原因があり、原判決が指摘するように「酌むべき事由は乏しい」という事案ではない。

1、被告人の経歴は、別紙経歴書のとおりであるが、被告人の祖父宮田為造は、立派な自作農であったにもかかわらず、昭和の初期、被告人の幼年期に乾繭取引に手を出し、田畑、山林だけでなく家屋敷まで他人の手に渡してしまい、以後、被告人の一家は小作農として、細々と農業を営むだけの生活となり、被告人は、小学生の頃から、学校から帰ると縄綯いの内職を手伝わされ、それにもかかわらず、食物も十分に食べられないという極貧の生活を味わって来た。

このような生活の中で、被告人は、貧乏の苦しみや悔しさに堪え、被告人には子供ながらに、いつか金持ちになって周囲の者を見返したいという気持が芽生えていったものと考えられ、このことが本件の脱税事件の遠因となっていることは明らかである。

また、被告人が右のような生活を経験したからこそ、復員後は、戦地で感染したマラリアの後遺症に悩まされながらも、山林を借りて開墾してまで耕作地を増やす努力をし、その結果、家屋敷を買戻し、自作地を除々に増やすことができたのである。

2、蒟蒻業界は、非常に倒産率が高い業界であり、不測の事態に備えるため蓄財が必要とされている。

以下その理由を検討する。

a、第一に蒟蒻粉(製粉)の相場の変動が極めて激しいことが挙げられる。

別添の蒟蒻製粉相場表のとおり、昭和五七年前半は一袋(二〇キログラム)当り四万円であったものが、昭和五八年後半には、一五万円以上にも跳ね上がり、更に翌年には、約一六万五〇〇〇円以上にまで達している。そして、昭和五九年以降は急落し、昭和六二年には三万円を割り込んでいる。

右のように、蒟蒻相場の変動は激しいのであるが、蒟蒻原料である生玉の収穫期が毎年一〇月中端から一二月までの間であり、その間に一年分の原料を仕入れてしまうため、翌年度の製粉相場の変動により大きな利益が出たり損失が出たりする結果となってしまう。

b、そして、被告人を含めて蒟蒻業者は、家内工業的な業者が多く、翌年度の製粉相場の判断が経営者の個人的判断に依拠するところが大きいため、相場変動による事業の失敗の危険度が極めて高く倒産率も高いのである。

c、また、蒟蒻製粉業は、生玉を薄く切って乾燥させ、それを杵で叩いて粉にするという極めて原始的な作業であり、それだけに製造されたものの製品としての附加価値が低く、製造原価の大半を原料費が占めているという営業である。

従って、蒟蒻製粉業者は、製品加工による附加価値による利益よりも、寧ろ相場変動による利益を期待しなければならない実情があり、それだけ危険率が高くなっている。

d、そのうえ蒟蒻製粉業者は右のとおり、製品加工が原始的作業であり、多額の設備投資が不必要で、製造技術も必要がないことから、誰でも簡単に事業が始められるため、過当競争現象が生じており、且つ、生玉の仕入れは、商品取引所等、適正価額が形成され易い状況で行なわれるものではなく、製粉業者が直接生産農家から仕入れたり、生産農家から購入した仲買人から仕入れたりしている。

右のような過当競争による無理な仕入れや、適正価額が形成され難い取引形態が、価額変動の激しい蒟蒻業者の危険をより一層増幅させている。

e、このような危険な蒟蒻業界では、大きな損失が出た時に備えて、資金の蓄積をしたいと考えるのは当然のことであり、被告人が本件犯行を犯すについてもそのことが最大の原因となっている。この点は、極めて同情に価するというべきある。

3、被告人が、本件犯行を犯すに至った事情には税制の問題もある。

a、現在の税制は、極めて不合理な点が多すぎる。例えば、法人であれば五年間は繰越欠損処理が認められ、当該年度の損失を次年度へ繰り越して処理することが認められているにもかかわらず、個人の白色申告にはそれが認められず、前年度に大きな損害があっても翌年利益が出れば全額課税対象とされ、前期の損失を埋め合わせることができないのである。

更に、法人の場合には、引当金、準備金等の名目で不測の事態に備えての積立金を負債の部に計上することが認められているにもかかわらず、個人にはそれが認められておらず、その意味でも個人は税制のうえで冷遇されている。

b、また個人所得は極端な累進課税となっており、金八〇〇〇万円以上の最高税率は七五%(但し、昭和五九年度は七〇%)であり、その外に地方税一五%、事業税五%が課税され、八〇〇〇万円以上の所得のうち直接税だけで九五%が徴収されてしまうのである。

このような極端な累進課税は、不公平税制の最たるものであるが、政治家は低率課税者が選挙民の大多数を占めているため、長い間この不合理を放置して来ている。

c、蒟蒻業界は、前述のとおり、相場の変動が激しい業界であり、被告人は、昭和五七年から五九年にかけては、相場の急騰により、本件起訴事実の如く多額の利益をあげたのであるが、逆に相場の急落により、同程度の損失を被る年度も当然存在する筈である。

ところが、前述のような税制が施行されている結果、利益が出た年度の利益の大半は直接税として徴収されてしまうのであり、同程度の損失が出た時には倒底その埋め合わせが出きないことになってしまう。

d、被告人は、農家に生まれ、昭和四四年に三牧化工の経営を始めるまでは、農業一筋で生きて来たため、帳簿等の記帳に不慣れであり、また、三牧化工は従業員が多勢いた時もあったが蒟蒻粉の製造業は前述のとおり家内工業的営業であったため、白色申告をしていたのである。

その結果、原判決も認定しているように、「相場の変動による不慮の損失に備えるため資産を蓄積するべく」本件犯行に及んだのであが、相場の変動の大きい蒟蒻業界では利益の出た時に蓄財をしておかなければ生き残れない現実があり、現に別添新聞写のとおり、昭和五九年以降の価額の暴落で業者が倒産に追い込まれている。

極端な累進課税や不合理な税制で、蒟蒻業者に生き残る道を閉しておきながら、被告人の脱税行為を強く非難することはできないというべきである。

三、その他の犯情

1、他被告人が脱税を行った原因としては、生産農家や仲買人からの依頼も指摘できると思う。生産農家等もやはり、蒟蒻相場によって利益に大きな影響を受けるためと思われるが、本件記録中の被告人の供述の随所に見られるように、それらの者から帳簿に載せないように依頼があるのであって、被告人が仕入等を帳簿上明確にしておかなかったのは、被告人の杜撰さだけが原因ではない。

2、被告人の脱税の手段は、仕入、売上、経費等の明確な記帳をしないというもので、脱税の手段としては最も拙劣なものであり、架空の伝票操作とか、ダミー会社の利用等という悪質なものではない。また被告人が帳簿等の明確な記帳をしなかったというのも、脱税の手段というよりは、農業しかしていなかった被告人が、帳簿の記帳に不慣れであったことや家内工業的事業であったことが大きく原因しているものと考えられる。

3、三牧化工の営業を被告人の事業として申告し、三牧化工の赤字で被告人の所得を減らそうとした点も、元請会社である興国化学工業株式会社との取引が、角田峻康が経営するようになった昭和五五年以降も被告人の名前でなされており、同社に対する責任は被告人が負わなければならなかったこと、被告人は、角田峻康が国民金融公庫から事業資金を借入れるについて連帯保証人となり、被告人が継続的に同公庫に対する弁済の立替や角田峻康に対する資金援助をして大きな損失を出していたこと等の事情を考えれば、その損失を税のうえで多少減らしたいと考えるのは、ある程度己むを得ない点があり、やはり強い非難はできない。

4、原判決は、被告人が「相当期間に亘って脱税行為を反復継続していた」等と認定しているが、昭和五七年から同五九年までは別添蒟蒻製粉相場表からも明らかなように相場が急騰した特殊な期間であり、それ以前の年度は脱税があったとしても極く僅かである。現に別添税理士長井定光作成の証明書のとおり、昭和五六年度の脱税額は金三二万四九〇〇円だけである。

5、また原判決は、「昭和五九年九月二七日修正申告をした際にも、実所得の一分のみの申告にとどめているだけでなく、判示第三の昭和六〇年二月二六日における昭和五九年度分についての申告の際には平然と虚偽の申告を重ねたものであって、その悪質さは著しいものがある」と認定しているのであるが、昭和五七年度五八年度分の修正申告は、税務調査の結果、税務署の勧告に従ってなされたものであり、昭和五九年度分の申告も本件の捜査が始まった後間もなくなされたもので、当時は、帳簿類の記帳等が不備で正確な申告はできる筈もなく、被告人とすれば、従来の慣例によって申告せざるを得なかったし、また昭和五九年度所得として多額の所得申告をすれば、それ以前の年度の所得額もなおさら疑われるという立場にあったのであり、被告人に多額の申告を期待すること自体が無理な状況であったということができる。

従って、被告人は、原判決が判示するように、昭和五九年度の所得申告を平然と行なった訳でもなく、またその申告行為により被告人が悪質だと判断することも適当ではない。

6、また本件の情状としては、被告人が積極的に本件捜査に協力した点を考慮すべきである。

被告人は、今回の事件の捜査のため、昭和六一年二月から同年一二月までの間、三〇数回に亙る税務官の取調を受け、更に昭和六二年八月には検察官の取調を受けている。そして、この取調の当初は、被告人も脱税額を少なくしたいとの配慮から虚偽の供述もしているが、その後は積極的に調査に協力し、右取調の合い間には、長男純一と協力して大勢の生産農家やその他の取引先、あるいは金融機関を廻り証明書等を取得している。

被告人が右証明書を貰った取引先は、取引先の方から帳簿に載せないで欲しいと要望していた生産農家や仲買人であり、被告人がそれらの者を説得して証明書を取るには大変な苦労をした筈である。

被告人の右のような協力がなければ、本件の捜査も不可能であったと考えられ、被告人が自らの刑責を明らかにすべく協力した点は量刑上十分考慮すべきである。

四、再犯可能性

1、被告人が本件犯行を深く反省していることは明らかである。

被告人は本件が犯覚した後には本件犯行を恥じ、白沢村商工会長、群馬県商工会連合会理事、利根郡商工会連絡協議会副会長等の役職を辞任し、昨年度は、村助役にまで推薦されたにもかかわらずこれも辞退している。

そして、昨年四月には、有限会社ミヤタの代表取締役の地位も長男純一に譲り、現在まで反省の日々を送っている。

また前述のとおり被告人は、今回の事件の捜査のため極めて積極的に協力しているのであるが、この点も被告人の反省の態度を現わすものである。

2、被告人は今回の捜査が長期間且つ他数回に亘り、その間高血圧症や肝炎に苦しみながらノイローゼ状態となる程大きな苦痛を味わった。そして、今回の税務調査の結果、別添長井定光作成の証明書のとおり、合計二億五〇七八万五九一〇円という多額の追加納税を行い、脱税行為の結果の重大性も十分認識した筈である。

3、被告人は、有限会社ミヤタの代表取締役を辞任し、現在は隠居同然の状態であり、今後営業に関与することはなく、また有限会社ミヤタは、現在長井定光税理士の指導のもとに厳格な経理処理を行なっている。

4、以上の点を考えると、被告人には再犯の可能性は皆無である。

五、実刑判決の必要性

1、被告人は本件事件が新聞等に大きく報道されたことにより、社会的な名誉を失墜しているし、前述のとおり各種の役職も辞任し、大きな社会的制裁を既に受け、前述のように本件の捜査による長期間の苦痛も既に味わっている。

2、また、本件事件による追加納税額は重加算税、延滞金、事業税、村・県民税等合計で二億五〇七八万余円であり、更に被告人が昭和五九年九月に修正申告をして納付した金二三七一万九八〇〇円を加えれば二億七四五〇万余円にも上り、被告人が蓄わえた預貯金等の大半がこの納税のため失われてしまっている。

そして、昭和五九年度以降、蒟蒻相場が急落し、有限会社ミヤタの先行も心配される中で、今後更に罰金四五〇〇万円を支払わなければならず、そのためには、被告人は不動産を売却したり金融機関からの借入れを起こさざるを得ない状況となっている。

以上の点だけでも、被告人に対する制裁は十分であると思料される。

3、群馬県下において本件よりも悪質な脱税事件も相当数存在したと思われるが、曾て脱税事件で実刑判決を受けたという話を聞いたこともなく、別添前橋地方裁判所昭和六一年九月一二日判決(写)のように、脱税額もほ脱税率も本件と略同程度の事案が執行猶予となっており、また別添甲府地方裁判所昭和六二年一二月二四日判決では、脱税額が二億五〇〇〇万円にも達する事案に執行猶予が付されている。

また判決書は入手できなかったが、昭和六〇年一一月にも脱税額約一億六〇〇〇万円の群馬県甘楽群下仁田町の蒟蒻業者に対し、執行猶予の付いた判決がなされている。

右各判決は、いずれも被告人の同業者に対する判決であり、本件判決の量刑は、他の脱税事件と比較しても著しく重いと言わざるを得ない。

また所得税違反事件において従来は総額一億円以下の事案は、検察庁に対する告発すらなされていなかったのが実情であり、本件の脱税額が金一億六七四九万円であることを考えれば、一億円以下の脱税者が捜査も受けず罰金も科せられないのと比較して、あまりに均衡を失するものと考えられる。

また、昭和六三年二月五日、衆議院法務委員長で、大蔵事務次官の経験のある相沢英之氏が、有価証券譲渡益二億円を脱税し、金一億四〇〇〇万円を追徴されていた旨の報道がなされたが、同氏は追徴のみで告発すら受けていない。

国会議員は、選挙、後援会組織の維持等に公けにできない多額の費用を要するのであり、相沢英之氏の右脱税行為に対しても強い非難はできないと思われる。

被告人が本件犯行を犯す当時の蒟蒻製粉業者の立場は、昭和五九年に、昭和五七年の四倍以上にも跳ね上った蒟蒻相場がそのまま維持される筈がなく、近い将来必ず急落が生ずることが予測されるにもかかわらず、商取引を継続し得意先を確保しておくために、損失を覚悟で蒟蒻原料の仕入を行なはなければならないという状況だったのであり、被告人が本件犯行を犯すについても、国会議員が多額の公けにできない資金を必要とするという事情に比較して決して軽くない事情が存在したのである。それらの点を考慮すると、相沢英之氏が告発も受けていないのと比較して、被告人に懲役刑の実刑を科すというのは、余りに酷であると思料される。

5、被告人は過去、区長、農業委員、村議会議員、公平委員、利根商業高等学校公委員、白沢村商工会長、群馬県商工会連合会理事、利根郡商工会連絡協議会副会長等多くの役職を歴任して、地域の発展に大きく貢献し、別添のように数多くの表彰状、感謝状を受けている人物であり、実刑制裁を科さなければならない人物ではない。

原判決では、二〇年も前のしかも一般の刑法犯ではなく公職選挙方の前科を捕えて、被告人の遵法精神が稀薄であると指摘しているが、二〇年前の前科を考慮すること自体疑問であるのみでならず、公職選挙法違反は選挙に関与する以上必然的に犯さざるを得ない犯罪であり、且つ、その懲役四月という刑から見ても決して悪質なものではないことが明らかである。

また本件犯行にも前述のような事情が存在するのであって、被告人の遵法精神が稀薄である等とは言えない。

6、被告人は、大正一二年生れで、現在六四才の年齢であり、高血圧症である外、別添白沢村村長作成の証明書および診断書のように本件の捜査継続中であった昭和六一年一〇月一八日から同年一二月一六日まで急性肝炎で入院し、その後も慢性肝炎と診断され、今後も安静加療が必要な状態であり、被告人は服役に堪えられるような身体的状況ではないというべきである。

五、結論

以上のとおり、本件の犯情は通常の脱税事案に比較して重いものではなく、寧ろ業界の特殊性を考えれば、他の同額の脱税事案よりもはるかに同情すべき点が多く、また再犯可能性その他の情状からも何ら被告人に懲役刑の実刑を科すべき必要性は存在しない。

よって、原判決破棄のうえ懲役刑について執行猶予の付いた寛大な判決を賜りたい。

経歴書

<省略>

<省略>

証明書

今般の国税局の調査の結果、宮田敏夫が事後修正により納付した税額は下記のとおりです。

<省略>

作成者 昭和62年10月12日

前橋市元総社町242番地

税理士 長井定光

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